兄への敬意

まさかのインターネット越しの
兄の宣言に戸惑う弟です。
兄よ、次から宣言は
LINEでお願いします(笑)

皆さんお疲れ様です。

さて、兄は真面目な事を書いていて
覚悟なうみたいなので
僕も書こうと思います。


テーマは、
「何故僕が兄に敬意を払うのか」

純粋に仲が良いというだけ
ではございません。
ここには僕の覚悟があります。
自分語りで恐縮ですが…


兄の前回記事
で、兄の身上の障りについて
少し触れられています。
その件について。


小さい頃、ずっと
兄の後ろをついて行った僕。
兄の友達ともよく遊んでいました。
その頃から兄は
自分の知らないものを見せてくれる
存在だったんでしょう。


しかし中学校では、兄は
僕のコンプレックスでした。
兄はすごく勉強をするんです。
学年トップクラスになるくらい。

対して僕はあんまり真面目でないので
真ん中よりは上くらい。
「お兄ちゃんを見習いなさい」
とよく言われていた気がします。

ある時に一念発起して
めちゃくちゃ頑張って臨んだテスト。
189人中48位
「やった!褒められるかな!」
と思ったら…母はいつも通り
「お兄ちゃんみたいに頑張りや」
確か、その時兄は2位(笑)
その日は布団の中で
泣いたのを覚えています(笑)


「兄に勝てないと父も母も僕を見てくれない。
勉強では絶対勝てない。
それならバスケを頑張ろう」
と、僕はバスケットボールに
情熱を注ぐようになり、
県2位になったりして
バスケ命の生活を送るのでした。



時は流れ、25歳くらいの時、
母に言われました。
孝治は昔、
『吉治は全力で走ってバスケをしてて、
バッシュとかも買ってもらっていいなぁ』
って言ってたんやで」
と。


びっくりしました。
あの兄が僕をうらやましがっていた事。
右半身がうまく動かない
にも関わらず、
その不満を全く僕には言わなかった事。

僕は自分が恥ずかしくなりました。
勝手に兄を妬み、恨んでいた事を。
兄は大変な中を過ごしてきたのに、
それを全く見せていなかった。

僕はそれを知らずに
傷つける言葉も言っていたと思います。
きっと色々思っていたし、
やりきれなかった日もあったでしょう。

でも心に留めておいてくれた。




そこから兄に対する敬意が産まれました。
そしてこう思いました。
兄の右腕がうまく動かないなら、
僕が右腕になろう!!
兄が望むことを1番にやろう!
これが僕の信仰の芯になっています。


恥ずかしい(笑)


その敬意があり、
兄が楽道講を教会にしたいと思った時に
1番に動き出せるように、と
布教の家に行くことにしました。
兄の意志の一番槍になりたかったんです。

まぁ、おたすけの話を聞きまくり
体験したい!と思ったのも理由です(笑)

その他にも、
何が必要かわからないので、
とりあえず色々なスキルを身につけました。



それからは兄は僕の思いもよらない事を
思いついて話してくれます。
僕にとって現在、
兄は指針であり頭です。
僕が一番槍、身体です。

まだまだ足りないのでスキルアップが
必要不可欠ですが…



兄が神様に申し上げたみたいなので、
世界一陽気な場所にします!

ふざけないとバランスがとれない


我が家の講社は「楽道講」
「楽しむ道の講」
この道を楽しんで通らせてもらって、
色んな人が集まって一緒に歩いていける。
そんな講社にできるよう、
兄と共に楽しんで行こうと思います。

コメント